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日本人のアイデンティティ
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     石原都知事は日本では「我欲」がまかり通っていると言っていたが、この危機、修羅場において果たしてその「我欲」を見ることは可能だろうか?
     海外からは日本人の我慢強さ、緊急時にも整然と周囲を気遣う行動が取れることが注目されている。そして、日本が地震に対して周到に準備をしてきたことなども海外メディアで報道されている。CNNの記事を読んでいると、翻ってアメリカ人は強欲であるとともに、災害時に略奪をするのは一部の人種であるといった人種差別が横行することを嘆く人も多い。
     海外から対比的にそういう日本人の特質を指摘されなくても、テレビでは被災者が他にもっと悲惨な被災者がいることを配慮するコメントが取り上げられる。もしくは、ボロボロになりながらも「復興」への希望を強く発した映像が収められている。これらは日本人が自ら美徳だからと思っているからではないか。この美徳感そのものがアイデンティティとなる。日本人は同質的な社会で、個人を血液型やら出身地やらで差別化しがちだが、それは裏を返すと、それ位しか違いがないとも言える。例えば、ヨーロッパの人と食事をすると、日本人が血液型談議をする気軽さでフランス人の適当さや、ドイツ人の生真面目さ、イギリス人のカッコつけの話になる。アメリカでは、プロテスタント対カトリックの話題もタブーではない。
     日本は資源が少なく、平地の少ない国であり、身を寄せ合って社会を形成してきた。繁栄を支えるには厳しい自然環境を開拓する必要があった。開拓した土地は先祖代々のものとして大事にされてきた。だからこそ、何度も津波でやられながらも、もう一度切り拓こう、と前向きになれる。他人との距離が小さいため、社会的なやりとりが自然と「自分」を形づける。欧米の社会のように、「自分」がいて「社会」があるのではなく、「社会」の中に「自分」がいる。
     こういう中では、自分のアイデンティティを見失いがちだ。なぜなら、「社会」は流されやすいからだ。「社会」は目に見えない。ある概念でしかない。つまり、見方によって「社会」は形を変える。本人がどういう感情なのか、ということでいとも簡単に社会は「冷たく」も「温かく」もある。
     今回のような極限の環境では、「社会」、つまり「アイデンティティ」がはっきりする。国を挙げて復興するのに適した国民性なのである。戦争を経験した訳でもないが、海外での生活を経験して行きついた一つの結論だ。
     
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